【連載】天文学と音楽 第二回


第二回 きっかけは17世紀。独自の進化を遂げる天文学と音楽。

奥村:
意外と両者の共通の歴史は多いんですね。一方で、ここまで同じ問題を考えていた天文学と音楽が何で今では別のものになってしまったのか気になります。高梨さんのお話だと400年くらい前を境に天文学がよりサイエンスとして発展していったとありましたが、音楽でもこのような動きはあったのでしょうか。

佐古:
そうですね、さっき古代には「気持ちのいい音程」は3種類しかなかったという話をしました。それがちょうど17世紀頃、ガリレオの時代になってくると段々、この音程もいい、あの音程もいいとなって、最後には不協和音と呼ばれるような調和の取れていない音程も音楽に使っていいっていうことになりました。それまでは音楽として認められていなかったものが、次の時代には音楽として意味が拡張されていったんですね。実際、16,17世紀辺りまでは「調和」という言葉が曲名に入ることが多かったのですが、18世紀頃になると急に減っている。音楽はもはや調和を目指すとかではなく、調和の外にあるもの、例えば人の気持ちだとか時代の流れだとか、そういったものを表現するようになっていったんです。

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奥村:
もともと同じ学問だった両者が、400年前を起点として、天文学はサイエンスに、音楽はエンターテイメントとして独自の進化をしたんですね。

佐古:
そうなってくると当然音楽と天文学の関わり方も大きく変わっていきます。音楽史で言うと17世紀というのはバロックという音楽様式が生まれた時代なんです。ガリレオやケプラーが新しい宇宙観を発表していくなかで、音楽は音楽で「このままの慣習通り曲を作り続けていいんだろうか」という疑問が生まれていました。そうした背景に支えられて、バロックのような華々しい音楽が登場したんですね。天文学者にはっぱをかけられたというか(笑)。

高梨:
それは恐らく間違いないと思います。さっき話しに出てきたケプラーという天文学者は僕の研究対象でもあった「超新星」を発見しているんですね。超新星は空に突然新しい星が出現したように見える現象なんですが、これは当時の人々にとっては衝撃的だった。天上の世界は完璧で変化がない不変なものだと思われていたのに、突然新しい星が登場したらびっくりしますよね。それに追い打ちをかけるように、ガリレオが同時期に望遠鏡を発明して、月を見てみたら表面がクレーターだらけでデコボコしていた。それまでは「世界の調和」とか言っていたけれど、世界は思っていたより綺麗ではなかったんですね。
ニュートンはこの後万有引力を発見した人として有名ですが、彼の発見にはこういった時代背景があった。「天上が完璧じゃないんだったら、同じく完璧ではない地上と同じ法則が成り立っているはずだ」ってね。

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奥村:
最初は「調和」を目指していた天文学と音楽も、そうした流れの中、独自の道を歩み始めたと。

佐古:
宗教改革も同時期ですよね。天文学者が世界観を変えてしまったせいで音楽や美術の分野を始め社会も大きく変わった気がします。

高梨:
広い意味での科学は「新しい世界観を提示する学問」だと思うんですよね。ガリレオにしろアインシュタインにしろ、偉大な科学者の発見した世界観は科学の世界に留まることはなくて、音楽や美術、政治の世界にも影響を与えていったんだと思う。もちろん世界観の変化だけが社会の変化の引き金ではなかったけどね。

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佐古:
天文学が「世界観を変える学問」だとすると、音楽は「人の内面を変える学問」なのかな。音楽療法なんて分野もありますけど、実際音楽が人の心と密接に絡んでいるというのは古くから信じられていました。
例えばローマの時代には、音楽には3種類の機能があると言われていました。一つは「天体の音楽」、これは先ほどの高梨さんの話に近いけれど、惑星からは音が出ていて、その音は人間には聞こえないんだけれども協和し合っていると思われていた。次に「人間の音楽」、これは人間の体内の血流だとか神経が協和し合っているという考え方。最後は「道具としての音楽」。人間が声を出したりする時に協和する音楽で、歌みたいなものですね。これら3つの音楽がそれぞれ整数比みたいな調和を取って、世界には共通点があるんだよという理解が進んでいた時代があった。だから音楽が人の心に作用するというのは凄く自然な発想なんですね。

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高梨:
もともとその時代の西洋の人たちは「世界は共通法則で説明できるはず、なぜなら世界は超越神が作ったから」と考えていましたよね。それはニュートンみたいな後世の科学者でも例外ではありません。
彼は一般的に科学者としての側面が知られているけれども、万有引力の発見以降は、人間の歴史も共通法則があるはずだと信じて経済とかの研究もしていたんですよね。自然界の法則を他の分野に当てはめようとして、結果としては失敗しまくっていたけどね。


第一回 「世界の真理」への好奇心から生まれた天文学と音楽
第二回 きっかけは17世紀。独自の進化を遂げる天文学と音楽。
第三回 西洋から来たものを日本人がやる意味とは?日本人のクリエイティビティとは?
第四回 科学に必要な感性。アートに必要な理性。
第五回 これからの宇宙の音の探求
第六回 科学者と音楽家の考える生活の豊かさについて