【連載】天文学と音楽 第五回


第五回 これからの宇宙の音の探求

奥村:
ここまでの話では、天文学と音楽という領域の歴史を紐解くことで、実は一見関係のない両者が元々は同じ学問であったこと、そして17世紀頃を境に天文学はサイエンスとして、音楽はエンターテイメントとして独自の進化を遂げていった変遷を見てきました。天文学と音楽のつながりも興味深かいものでしたが、そこから派生した西洋と東洋における世界観の話、科学者と音楽家が考えるクリエイティビティについてのお話は、どんどん深い話題になっていきそうでした。
ここからは天文学と音楽が今後どのように関わっていくのかという未来の話、そして両者の現在における社会的意義という現在の話をしていけたらと思います。
まず、17世紀を境にサイエンスの道を歩み始めた天文学、エンターテイメントとしての役割を担っていった音楽、今後両者が再び交わることがあるのか気になります。天文学や音楽の側で、お互いコラボレーションを必要とするような場面は今後あると思いますか?

高梨:
個人的にはあると思っています。そのために現代の天文学の状況をお伝えすると、天文学には現在2つのホットトピックがあります。一つは「ダークエネルギー」、もう一つは「系外惑星探査」です。ダークエネルギーというのは私たちの宇宙が加速的に膨張している原因とされているもののことですが、この未解明のエネルギーについての理解が大きな関心となっています。二つ目の系外惑星探査は、地球に似た星を探す試みです。実際地球以外にも生命が誕生する可能性のある惑星候補が少しずつ発見されていて、今後その数は増えていくでしょう。
音楽との絡みでいうと、系外惑星探査の研究が関係してくるかもしれない。たとえば近い将来、生命が居住可能な惑星が見つかったとすると、そこに住む生物はどのような視覚や聴覚を持っているんだろうといった研究も始まるはずです。そうなってくると、天文学と音楽も結びつきやすくなるんだろうなという気がします。さっき惑星の運行の規則性から「ハーモニー」のような概念が出来て、音楽と結びついたという話がありましたが、地球外生命体の住んでいる惑星の周辺環境が、独自のリズム感や音楽像を生み出しているのかもしれない。その星の音楽史がどうなるか想像すると楽しいですよね。もしラジオみたいに宇宙に電波を出していたら聞いてみたい(笑)

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佐古:
それは確かに聞いてみたいですね(笑)。音楽家の側でいうと、実はグスターヴ・ホルストという作曲家が『惑星』という宇宙ど真ん中タイトルの曲を発表しています。この曲が作られたのは100年前ですが、その後宇宙の研究も発展して、高梨さんが仰っていたみたいに宇宙が膨張していることが分かったり、宇宙観はどんどん新しくなっています。
そういう現代にこそ、最先端の天文学にインスピレーションを得た音楽が増えてもいいなと思います。実際、シンセサイザー奏者の冨田勲さんはホルストの『惑星』や『2001年宇宙の旅』の曲を再解釈して現代的に表現していたり、海外にも天体に関する曲を作る人が出てきています。そう考えると、今後地球型惑星が見つかるとアーティストもそれに応答するはずです。

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高梨:
そんな佐古さんには国立天文台が開発している天体シミュレータ「MITAKA」を紹介したいです。これは現代の私たちが観測できている天体の座標をほとんど再現していて、いわばパソコン内で宇宙旅行が出来るソフトです。時間を進めて将来の宇宙地図を見ることも出来るので、こうした映像を眺めているだけでもインスピレーションになるのかもしれませんね。
こうしたデータは天文学者からすると日常なのだけれども、広くは知られていないから、やはりもったいないなって。こういう映像を見て考えが豊かになる人はいっぱいいると思うし、これらの宇宙像を上手く伝える機会を作って、それこそアーティストの人たちと新しい価値を作れたら嬉しいです。分野が離れてしまったからこそ、また何か出来たらいいなみたいな。今ファシリテーターを務めている奥村さんが、佐古さんや僕と関わって天文学と音楽をテーマにした演奏会を企画していますが、この演奏会もそうした取り組みの一貫ですよね。

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佐古:
そうですね、最後に奥村さんから報告があると思いますが、僕も演奏会企画楽しみにしています。演奏する立場としては、クラシックのコンサートにもっといろんな人に来て欲しいですね。日本では価格帯や時間帯がマッチしなくてなかなか若い層がコンサートホールに足を運ばなくなってしまっているんですけれども、外の世界から刺激を得ることで、新しいお客さんを開拓できる可能性があります。そうしたきっかけは小さなものでも広げていきたいですね。

奥村:
音楽家にとっては天文学など新しい世界観を音楽に取り入れるニーズがあり、天文学者にとっては最先端の研究をいろんな形で表現してくれるパートナーを求める形で音楽家とのコレボレーションが進みそうですね。
高梨さんが仰っていた系外惑星探査の研究の延長線上でアーティストとコラボレーションする可能性は面白い指摘でした。


第一回 「世界の真理」への好奇心から生まれた天文学と音楽
第二回 きっかけは17世紀。独自の進化を遂げる天文学と音楽。
第三回 西洋から来たものを日本人がやる意味とは?日本人のクリエイティビティとは?
第四回 科学に必要な感性。アートに必要な理性。
第五回 これからの宇宙の音の探求
第六回 科学者と音楽家の考える生活の豊かさについて