【連載】天文学と音楽 第六回


第六回 科学者と音楽家の考える生活の豊かさについて

奥村:
天文学と音楽についてもう少し突っ込んだお話をしたいと思っています。つまり、クラシックにしろ天文学にしろ、それぞれ面白い動き方をしても、それが人々にどのように受け入れられるのか、そもそもクラシックとか天文って本当に必要とされているのか、といった現実的な視点も必要なのかなと思います。
例えば、「天文」という領域をとってみると、高梨さんがやっているのは宇宙物理学と呼ばれるサイエンスの領域ですよね。他にも宇宙開発の領域や、それこそ占星術みたいなものまでいろいろあります。宇宙開発は実際生活の役に立つものも多いし、占星術も必要とする人もいるのかなと理解できるのですが、サイエンスとしての宇宙物理学は私たちの生活にどのように関わっていくべきだと思いますか。

高梨:
天文学、具体的には宇宙物理学の社会的な意義は何かという質問ですが、今は天文学の意味が分かりづらくなっている時代だと思います。「今は」と言ったのは、それまでは明確に天文学のニーズがあったからです。
一番古いところだと、3000年前とかは、いつ種を撒いたらいいかという暦を作る上で星の研究が必要とされていました。暦を作っていたのは権力者であったので、権力と天文学が深く結びついていたんですね。そのうち、神様が作った世界を理解するために、夜空を観測して神の真実に近づくべきだと考えられるようになりました。それがプトレマイオスからガリレオの時代くらいで、天文学はやはり宗教的な世界観のもと必要とされていました。
それが次第に神の存在感が落ちてきて、1800年代に大航海時代がやってくると、軍事力や国力を高めるために天文学が必要とされるようになったんですね。当時船の移動はスターナビゲーションで行われていたから、星を読んで海図を作ることはそのまま国力を高めることにつながっていました。実際日本では、明治時代に東大が出来た時に、江戸の天文方の直系の子孫にあたる星学科(今の東大理学部)が出来ています。なんで星の研究に予算がついていたかというと、日本が近代国家を目指すために、暦を作ったり星を読んで海軍力を高める必要があったからです。
第二次世界大戦後になると、それまでは役に立たない学問と思われていた宇宙物理学が注目され始めます。当時日本は経済立国を目指していましたが、経済大国になるためには資源がないので人材、特に科学技術人材を排出しないといけませんでした。そのためには理系の学問をもっとやりましょうということで、宇宙物理学も積極的に学ばれていました。
ただ、天文学の社会的ニーズが明確だったのはここまでです。今は低成長の時代で、宇宙物理学にかける予算も大きくなっているため、大きな予算を「ただ知りたいから」という理由で使うことは当然出来ません。天文学がどうやって人の生活の役に立つかを考え、説明出来ないといけないと思っています。

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奥村:
天文学の発達に従って観測装置も巨大化していますもんね。例えばハワイに建設予定の次世代望遠鏡TMTは、複数の国から2000億円の投資をして立てられることになっています。日本だと事業仕分けが象徴的でしたが、そもそも宇宙の研究にこれだけの予算をつけている意味ってなんだっけ、という問いに対して科学者が答えられるかが問われる場面は増えてきているように思います。個人的にも、大学院に入ったタイミングで事業仕分けの話があったので、自分のやっている研究の意義について意識的になりました。

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高梨:
宇宙物理学の社会的意義を考えていくと、最先端の技術と結びついているからとか、いろんな理由は出てきますが、でも究極的には「人は何のために生きているか」みたいな議論に入っていくのかなという気がします。
現代は「社会の役に立つ」ということが、健康で長寿になるために役に立つ、という意味で使われることが多い印象がありますが、一方でそうした生活が出来たら幸せかというと、それはまた別の話です。健康で長寿にするためには当然多くのお金が使われるべきでいろんな施策が行われていますが、音楽や文化芸術、純粋科学といった一見すると何の役にも立たない学問は、健康で長寿な人生を意味のあるものにするところで役に立っていくのだろうと思います。
僕はもともと、我々はどこから来てどこへ向かうのか、という「この世界を知りたい」という欲望を持っていて天文学を志しているんですね。僕の感じているワクワク感のためには人生かけてもいいと思っている。「欲望」と「欲求」っていう言葉は微妙にニュアンスが異なっていて、欲求の方は満たすことが出来るけれども、欲望はそうではないんです。欲求の方は、お金を使ったりすることで解消出来るので経済が成長していればそれほど困りません。一方で「知りたい」という欲望はきりがないからいくらでも対象が拡大していきます。こうした欲望の受け皿として、純粋科学のニーズは残り続けるんではないかと思います。

佐古:
音楽でも、第二次大戦頃までは、様々なレイヤーでニーズがありました。古代では権力者が音楽を司っていたし、バロックの時代には貴族が羽振りの良さを示すために音楽を利用したりしていた。20世紀に入ってからもナチス・ドイツやソ連が自国の音楽を国威高揚のために使っていたので、権力側のニーズのもと音楽が必要とされていたのは天文学と似ていますね。
こうした歴史を踏まえると、音楽が演奏される場っていうのは非日常の世界なのかなと思います。今の時代における音楽は、非日常なものを生活にどう提供していくかという役割を持っているのかなと。BGMも、日常の中に音楽を取り入れて楽しかったり幻想的だったりいろんな空間を作ることが出来ます。自分の生活のなかにプラスアルファの価値を取り入れたいってなった時に、手っ取り早い手段として音楽があるというか。僕らがクラシック音楽を演奏することで、そうした非日常体験をしてもらって日常と非日常のメリハリを付けてもらえたら嬉しいです。それが結果的に人の心を豊かにしたり満たしてくれたりすると思っていて、そうした役割が音楽に求められていると感じます。
11月に天文学者の方とコラボレーションを行いますが、これも新しいタイプの非日常を作りたいという音楽家としての衝動があります。音楽をやっている人間としては、新しい非日常の空間を求めていかないといけないのではないか、そういう背景のもと、コンサートホールを離れて街角やいろんな場所で演奏したりする試みも増えていますよね。今回のように異分野の人と共通点を見出しながら演奏会を作ることで、新しい非日常の世界を聴衆に届けたいと思っています。

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高梨:
「非日常を演出する」っていうのは天文学の普及を行っている身として本当にその通りだと思います。街角演奏会ではなく街角観望会もありますしね。僕達は天文普及活動の一環としてこの六本木ヒルズの屋上で観望会をやっています。六本木という文化都市で日常触れることのない非日常を体験することが重要だと考えているので、まずは非日常を売りにして多くの人の興味を引きたいです。その上で、興味を持ってくれた人に対してどのように宇宙を日常に編み込めるかを考えて活動しています。
さらにいうと、天文を普及する立場としては、宇宙の最先端の話題を日常の感覚で理解できるようにしたいですね。例えば「宇宙膨張」のような最新の宇宙像や概念を日常に落とし込みたいんです。それをやるためには、天文学者たちがいろんな分野の人と交流するなかで、その表現いいね、というのを見つけていく。そうした取り組みが必要になってくると思います。「天文学にって興味はあるけど、難しそうでなかなか近寄れない面白いけど、なんだかよくわからない」という状態にはしたくない。今回のコラボレーションもそうですけど、音楽に限らず他のクリエイティブな人たち、物を作れて表現できる人たちと宇宙の話をしたいですね。六本木ヒルズで観望会をやっているのもそうした思惑があります。

奥村:
子供の頃から宇宙に触れる体験というのも大きい気がします。僕も小さいころよくプラネタリウムに連れていってもらっていて、その頃から天文学者を目指していました。

高梨:
そうですね、具体的な活動でいうと、国立天文台がある三鷹の小学校では天文教室が開かれています。彼らと話していると、そんなことを考えていたのかという大胆な問いを立てる子とかもいて、僕らが子供たちから教わっていると感じることがたくさんあります。子供からの刺激も大きいですよね。
もう少し大きな業界の取り組みでいうと、今後10年間の天文学について話し合う国際会議があったんですけど、そこで提案されたのが発展途上国の子どもたちに宇宙を教えるということなんですよね。よく考えるとそれは凄いアグレッシブだなと。明日生きているか分からないところで、宇宙って面白いんだよと天文普及するんだから。はっきりは言ってないけど、恐らく隠れたメッセージは「健康や長寿だからといって、それが満たされれるとは限らない」ということだと思います。

佐古:
音楽でも、「エル・システマ」といって、ベネズエラとかボリビアなど南米で行われている同様のプログラムがあります。これは途上国の子どもたちにクラシックの演奏を体験させようというものなのですが、彼らは天真爛漫に音楽をするから凄く演奏が上手くなるんですよね。そこから全く新しい熱量をもった演奏が生まれたりしている。大きな話になってしまいましたけど、音楽も天文学のようにもっと日常に寄り添ったものになっていければと思います。

奥村:
天文学や音楽が社会的にどのような意義をもたらすのか、という問いにはいろんな答え方がありそうですね。どちらも「人々を健康で長寿な生活にするための要求」には応えにくいけれども、「生活を豊かにしていくための要求」、それこそ粗いくくり方をすると趣味みたいな話になるのかもしれませんが、生活を意義深くするためには役に立てそうです。特に天文学は「知りたい」という欲望、音楽は「非日常な体験をしたい」という衝動に突き動かされているため、常に一定のニーズは存在すると思います。そうした欲望の受け皿としての宇宙物理学やクラシック音楽が、今後より生活に寄り添うために協力していきたいですね。


第一回 「世界の真理」への好奇心から生まれた天文学と音楽
第二回 きっかけは17世紀。独自の進化を遂げる天文学と音楽。
第三回 西洋から来たものを日本人がやる意味とは?日本人のクリエイティビティとは?
第四回 科学に必要な感性。アートに必要な理性。
第五回 これからの宇宙の音の探求
第六回 科学者と音楽家の考える生活の豊かさについて