【連載】天文学と音楽 第一回


第一回「世界の真理」への好奇心から生まれた天文学と音楽

1-1-e1438577173637-640x421ファシリテーターの奥村 エルネスト 純さん

奥村:
今回の対談のファシリテーターを努めさせていただく奥村です。私は過去に宇宙物理学の研究をする傍ら、学生オーケストラに参加してクラシック音楽の魅力にも取り憑かれていました。
今回お呼びした天文学者の高梨直紘さんは、「超新星」という星の爆発現象を世界中の天文学者と研究されていた方です。現在は宇宙の魅力を多くの人に伝えるための活動をされています。また、現在フリーのチェリストとして活躍されている佐古健一さんは、京都大学で史学を学んだ後に東京藝術大学大学大学院に進まれ、演奏家としての道に進んだというユニークな経歴の持ち主です。まさにこの対談の趣旨にぴったりのお二人です。今日は宇宙と音楽、それぞれの魅力や共通点について伺っていきたいと思います。まず、天文学と音楽と聞くと、ほとんどの人は関係のない学問同士という印象を持つと思うのですが。

高梨:
普通はそう思いますよね。でも宇宙と音楽の共通点って以外なところにあるんですよ。例えば「ハーモニー」という言葉。音楽だと「和声」みたいな意味だけど、元は天体の運行から来ている言葉なんです。惑星はお互い規則正しいリズムで運行しているから、昔の人はそこに「調和」という考え方を持ち込んでこの言葉を使っていた。お化粧の「コスメティクス」もそうですね。宇宙のことを「コスモス」っていうけれども、「美とは何か」っていう問題を考えた時に、昔の人にとってそれは「調和」の 問題と同じだった。だから「規則的に動いている天体について知ること」と「美について考えること」はもともと同じだったんです。

1-2-640x427(右) 東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム特任准教授・高梨直紘さん

奥村:
天文学と音楽がもともとは同じ問題を考えていたのは面白いです。ギリシャの時代には人が持つべき実践的な知識の基本を七つの学問(リベラルアーツ)としてまとめていますが、そこにも天文学と音楽が同列で登場していますね。

高梨:
ギリシャの時代でいうと、プトレマイオスという人が『アルマゲスト』という本の中で天文と音楽について独自の理論を展開していて、その後1000年以上も天文学者達に影響を与えていました。他にも、ケプラーという天文学者は惑星の運行に綺麗な整数比が登場することに目を付けていて、「天体の音楽」とその規則性に名前を付けています。これはプトレマイオスが天文と音楽を同じものとして扱っていたことの名残だと思います。
そういう意味で、天文学も音楽も最初は独立した学問ではなくて、世界の真理を知りたいという営みでした。それが16, 17世紀辺りかな、ガリレオやニュートンといった人物の登場によって天文学はよりサイエンスとしての立場を強くしていって、音楽とは別のものになったんです。今の時代に天文学について考えなおすのは、実は音楽とは何かを考えなおすのと同じ構造があると思っているので、今こうして両者がコミュニケーションを取っているのは面白いですよね。

奥村:
天体の運行というところでいうと、月の公転周期と自転周期が1:1だったり、海王星と冥王星の公転周期が2:3という整数比になっていたり、いろんなところにきれいな共鳴構造があって、それらが音楽として認識されていたのも納得できます。高梨さんからは天文学の歴史からみた音楽の話をしていただきましたが、音楽の歴史からみると天文学はどのようにみえていたのでしょうか。

1-3-640x427チェリスト・佐古健一さん

佐古:
西洋音楽の基礎も天文学と同じくギリシャの時代に作られました。音楽の基礎を作ったのは先ほど名前があがったプトレマイオスを始め、プラトン、ピタゴラスといった人たちです。彼らはまさに「調和」という問題について考えていました。例えば惑星の運行周期が2:3みたいな整数比で表されているという話がありましたが、これは音楽の理論で言うとドとソのような「5度の音程」の周波数の比と同じなんです。当時は4度、5度、8度(オクターブ)の和音が人間にとって気持ちのいい和声(協和音程)として知られていて、これを発見したのがピタゴラスだったと言われています。それがローマの音楽の教えにつながって、西洋音楽の基礎になっていった。天文学や数学における整数比の構造が音楽でも同じだったのは面白いですよね。現代でも、天体の周期に着想を得た曲を作っている作曲家も出てきていて、一周回って科学と音楽が出会っている時代になっていると感じます。


第一回 「世界の真理」への好奇心から生まれた天文学と音楽
第二回 きっかけは17世紀。独自の進化を遂げる天文学と音楽。
第三回 西洋から来たものを日本人がやる意味とは?日本人のクリエイティビティとは?
第四回 科学に必要な感性。アートに必要な理性。
第五回 これからの宇宙の音の探求
第六回 科学者と音楽家の考える生活の豊かさについて